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開発者インタビュー 國井 利泰 ~前編~
カテゴリー:開発秘話2016.06.21

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セル理論、40年の萌芽

セル理論の起源というのは、1969年です。コンピュータの計算空間の中に、計算した結果、世界ができる。その世界というのは、宇宙空間の中の物質世界とは全く異なる新しい世界、いわゆる情報空間の中の情報世界ですね。それを研究するために東大に学科を作ろうということになって、提案を東大教授会に出したら、理解が得られず、また東大紛争の影響もあって、新規の学科・学部等の設置提案はまかり成らぬということで、否決されてしまいました。東大ではそんな状況なのに京大では増設が出来ている。調べたら、京大の土木の石原藤次郎先生が主役でしたので、電話していろいろ相談に乗って頂きました。そうしたら、当時の田中伊佐治法務大臣に相談しろと言われ、出かけました。「これは一種の国作りだから憲法が必要になる」と仰り、ご自分の博士論文をまとめた「憲法の心」と言う本に自署して下さいました。それから、大蔵審議官をお呼びして説明したら、「大切な提案だ」と言われ、予算を付けてくれました。東大は、その予算で、1970年に理学部に情報科学研究施設と、理学系研究科の物理専攻の中に情報科学サブコースを作ってくれたんです。そのコースが1975年に理学部情報科学科に昇格しました。
情報世界は、最も一般的な世界です。その研究には、最も一般的な理論的基礎が必要になります。それが、代数的位相幾何学で有ることが分かるまでに試行錯誤を繰り返して、四半世紀かかりました。理学部情報科学科での研究成果の一つが 、「代数的位相幾何学による情報世界モデル化」という分野です。情報世界は、正確に理解するには、一般から特殊への抽象階層として構成する必要がある。それをどう作ればよいか。その階層は7階層に成ることが分かってきた。その一つの階層が、位相幾何学の接着空間という商空間に次元という情報を加えた情報単位である「セル」階層です。データ管理システムは、これを使うと一般的に使える形で定義付けることができる。これは、ある意味で、グラフ理論一般化にもなっている。ただ、数学では最先端だったので、議論する人が国内ではほとんどいなくて、モスクワ大の数学科主任教授とコンタクトを取って、10年ぐらい東大と一緒に研究しました。それでも数学だけでは情報世界をどうモデル化するかはっきり分からなくて、私自身が作るということになってしまいました。
1998年にCellular Web Modelというそのものの論文を京都の国際会議で、招待論文で出しました。理論的にグラフ理論的データ管理の一般化になっているので、グラフ理論的データベース管理システム研究を博士論文として、その商用化と数々の実用を成し遂げた國井秀子博士と共著です。それを元に授業したりして発展させていったのですけれど、ちょうど法政大学で社会人大学院を創立したときに会社派遣の研究員で児玉さんが来てくれて、修士論文発表時に、「建設現場の中でどうやって携帯電話で資材を自由に管理できるかというシステムの研究したい」という話をしていたので、質疑応答の時に、「それだったら私の理論を使えばそのまま実現出来てしまいますよ」と伝えました。私は事例を探していたのです。理論は作ったけれど、応用は何をするかという。それで、これはぴったりだと分かった。それで、やってみたら出来てしまった。
そのときに、実装する上で計算理論のオートマトンというのがあるのですが、そちらは関さんが会社の方で実用上で考えておられたので、それを使えばいいじゃないかということになり、その上に私の理論をのっけてやりましょうと言うことになりました。

既存の見えない壁と、それにはばまれる理論

現在これは何に使う事が出来るかというと、極めて広範です。
例えば、コンビニなどのeコマースや、eマニュファクチャリングという、いわゆる電子製造です。トヨタなども部品の組立手順などは、設計して、Web上で部品を探して、シミュレーションで組み立てるということを、実際に工場でも行なっています。
アマゾンやグーグルなどの大きな企業も計算空間の中でサーチしている。いろいろなものが、実際上は理論を知らずに既に派生してきているので、体系立てていくにはこちらの理論を使わざるを得ない。そのように様々な場面で統合的にシステムとして使える。
ただあまりそういうことを真正面から売り込むと、大手がすごく嫌がるのですね。システム構築と実装、利用の自動化が出来てしまうから、人手がいらなくなる。人数×単価で商売をしている企業が、うちは倒産するのではないかという恐怖に駆られてしまう。

オラクルの創世記を思わせる現状

ちょうどオラクルの創成期みたいな感じかもしれません。あれも一時期つぶれましてね。でも新日鉄が当時の百万ドル、280億円相当を出資したらまたすぐオラクルのトラックが走り出すようになりましてね。当時シリコンバレーにいたので目の当たりにしていました。IBMでRDBを確立したコッドが私を呼んでくれていたのです。アメリカのいい時代にいましたね。1973年から74年はスタンフォードの研究所にいて、74年から75年はコッドが呼んでくれたので、IBMのオラクルの理論の元になっているところの研究グループにいたのです。
ただRDBには限界があって、個々の企業の管理にはいいけど、企業間からWeb上で管理する、ということには向かないのです。個々の企業なら社員番号からこれが分かって、というデータ依存関係があるけど、企業間にまたがると、社員番号なんていくつもあるわけでしょ。そう簡単にはいかない。だからWebサーチみたいなのには使えないわけですよ。
それをコッドに散々言ったけど、彼はそれには興味がないと言って、断られました。それで、今、結局自分で開発することになった訳です。

グーグルを超える会社を

グーグルもこれ(CDS)買って使ったほうがいいのですが。これから売り込んでいくといいんじゃないかな。わかったらずいぶん投資すると思いますけどね。東大の私が作った学科の卒業生も、5人中3人はグーグルに入社するんです。教授が嘆いていましたよ。日本を良くしたいと思って作ったのに、グーグルにほとんど全部吸い込まれちゃって、なんのために教育しているんだ、とかいって。でも、グーグルは、企業体質が優れている。食事もただ、どこで仕事をしてもいい、成果だけという会社なのだから、やっぱり出来る人間はそちらに行ってしまいます。
だったらそれよりいい企業を作りましょう。もっと魅力的なのをね。携帯の画像処理で、モルフォも非常に伸びています。モルフォは孫弟子がつくった会社ですけど、私の弟子たちが作った会社は結構多い。
直接の学生ではなくても、例えば私が博士論文の審査委員長を務めた学生が社長になっている株式会社アクセスなどはよい会社で、連結売上高302億です。
コンピュータとかに「Intel Inside」と書いてあるでしょ? あれも、私の卒業生で電通に入社したのが作った用語です。インテルがお金払っているんです。広報も大事なので、卒業生にわざわざ広報に行ってもらったのです。広報で社会が決まるから行けと言ったら、2人電通に行ってくれた。「なんで情報科の学生が広報に行くんだ」なんてほかの教授から言われましたけど、社会の役割を担っていないと、学科としてうまくいかない、と答えましたが、納得は得られませんでした。結果は、今の通りです。

【國井 利泰プロフィール】
現在、(株)モルフォ最高技術顧問、東京大学名誉教授、会津大学名誉教授、イギリスのブラッドフォード大学名誉客員教授。イギリス王立工学アカデミー上級研究フェロー、アメリカ電子電気技術者学会(IEEE)終身フェロー。情報処理学会フェロー。理学博士。
1998年 世界最大のコンピュータ学会であるIEEEコンピュータ学会のコンピュータ教育の最高位賞であるTaylor L. Booth Education 賞 (毎年1名)を受賞。
1962年 東京大学理学部化学科卒業、理学士。
1964年 同理学修士。
1967年 同理学博士。
1969年10月、東京大学コンピューターセンター助教授。
1978年6月から1993年3月まで、東京大学情報科学科教授。
1992年ジュネーブ大学客員教授。
1993年から1997年まで計算機科学・工学専攻の会津大学創設の学長兼教授。
1994年カリフォルニア大学.バークレイ校客員教授。
1998年から2003年まで法政大学教授。
The Visual Computer Journal (Springer-Verlag)の創刊編集委員長(1984-1999年)、International Journal of Shape Modeling (World Scientific publishers)(1994-1995)の創刊編集委員長。IEEE Computer Graphics and Applications編集委員(1982-2002)。The Journal of Visualization and Computer Animation (John Wiley & Sons)の副編集委員長(1990-)、Information Systems Journal (Pergamon Press)(1976-)およびInformation Sciences Journal (Elsevier) (1983-)編集委員。
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