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Prospect Interview「未来をつくるしごと」
カテゴリー:特集2017.03.07

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「未来をつくるしごと」第3回
芸術×テクノロジーで未来をつくる~東京藝術大学
伊東順二 教授の挑戦

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東京藝術大学 社会連携センター 教授
美術評論家
プロジェクト・プランナー/プロデューサー
伊東 順二
(いとう じゅんじ/Junji Ito)

PROFILE
1953年9月2日長崎県諫早市生まれ。早稲田大学仏文科大学院修士課程修了。仏政府給費留学生としてパリ大学、及びエコールド・ルーブルにて学ぶ。
1983年日本帰国国まで、フランス政府給費研究員として、フィレンツェ市庁美術展部門嘱託委員(1980)、「フランス現代芸術祭」副コミッショナー(1982)などを歴任。その間、「芸術新潮」での連載(1981開始)などで「ニューペインティング」を日本に紹介。
帰国後、美術評論家、アート・プロデューサー、プロジェクトプランナーとして活動を開始。1989年株式会社JEXTを設立。展覧会の企画監修、アート・フェスティバルのプロデュース、アート・コンペティションの企画実施、都市計画、また、企業、協議会、政府機関などでの文化事業コンサルタントとしても幅広く活躍中。

テクノロジーは急速に進化を続け、やがて技術的特異点を迎えると言われている。待ち受ける超高度テクノロジー社会は必ずしも肯定的に語られているわけではない。いまある人間の多くの仕事がテクノロジーによって代替えされ、人間が仕事を失うような悲観論も少なからず存在する。これからわれわれに求められるのは、いまでは想像できないほど進化して行くテクノロジーをどのように活用すべきかという知恵の力だ。
テクノロジーの力で、未来を切りひらく。そんなチャレンジをしているキーマンを追い、未来の可能性を見つめようというのがこの「未来をつくるしごと」のコンセプト。
第3回目は、「芸術×テクノロジーで未来をつくるしごと」にチャレンジする、東京藝術大学 伊東順二 教授をフィーチャーする。

(インタビュー&著:小川 和也)

小川:伊東さんは、東京藝術大学の社会連携センターでの職責をもたれていますが、社会連携センターはどのような意図で設立されたのでしょうか。

伊東:大学には教育研究活動以外にも、社会全体の発展への寄与が期待されています。それに対して、本学でも展覧会、公開講座等、市民が芸術に親しむ機会を提供しています。加えて公的機関の審議会等への教員の参加、作品の制作や展示、環境や空間等のデザイン、また文化財の保存修復やソロからオーケストラに至る演奏など、さまざまな依頼や相談があります。社会連携センターは、そのような学外からの要請を受け、大学の関係情報の提供や藝大の中で育まれたコンテンツの発信部局として平成19年4月に設置されました。

小川:芸術と社会をつなげるハブのような存在ですね。最近のお取り組みの一例をお聞かせいただけますか。

伊東:最近注力しているものの一つに、母学(ははがく)というものがあります。心身ともに健康に生きるためには、毎日の様々な環境の変化を受容してポジティブに捉えていく感性が必要になります。感性の多様性であり、心の柔軟性と呼ぶべきものでもあります。東京大学名誉教授で国立小児病院名誉院長の小林登先生は著書の『母学(ははがく)』(アップリカ育児研究所)の中で、胎児から赤ちゃんの成長を段階的に観察し、それぞれの家庭の中で育児における健全な心身の成長を促すための心と身体のスイッチの入れ方を合理的に解説しています。単なる胎教論や育児論とは違い、目に見えない母子の相互作用を科学的かつ論理的に説明しながら、生きるとはどういうことか、心のあり方とはどういうものかという哲学、そして感動という生命のモチベーションに言及しています。その提言は、芸術の存在意義までをも問うものです。我々もその母学の考え方を社会に根付かせる様々な取り組みをしています。

小川:その母学の実践に、芸術が寄与できるということですね。

伊東:母学は、赤ちゃんのこと、赤ちゃんの生態を良く知らなければならないという着想に始まって、それを科学的な視点から考えるものです。動物の胎児はほとんど同じ形をしていて、そこからそれぞれ違う動物になっていきます。動物の原型になるまでは全て同じ生命で、その時に人間は人間としての教育を受けるわけです。そこが重要な変化の期間で、それがどれくらいの期間かといえば、日本のことわざは案外正しくて、三つ子の魂百までなんですね。つまり三歳くらいです。その期間に、人間の中の動物性、際立つものや感性教育を行う必要があります。

小川:その人間形成の期間に、いかに芸術が関与するかということは重要になりますね。

伊東:その通りです。言葉で説明することが難しい芸術の感性は、音感や触感のようにまさに説明のつきにくいものです。そこに感性の刺激剤としての芸術が関われる可能性があります。理論的に構築された西洋音楽の体系はともかく、今までは混沌として手探りなことも多かった芸術も、ある程度科学的にアプローチできるようになりつつあります。だから無垢な感性を持つ赤ちゃんに学ぶこともできるわけです。

小川:科学的にアプローチをできるようになったことで、芸術を母学にも活かせる可能性が膨らんだように思えます。

伊東:芸術においては「相手や社会に響くこと」が大事です。芸術の整合性ありきで、芸術のセグメントが細かく分断されていることはもったいないことですし、様々な才能が掛け算されるべきです。本来、芸術は社会の役に立たなければいけないもので、社会の基盤になるべきものであります。芸術のない世界が面白くないのではなく、感動のない世界が面白くないわけです。ですから、感動を起こすことができるのならば芸術にも価値があるということになります。

小川:芸術は趣向性の世界のものと考えられることもあるでしょうが、社会の基盤として人間に寄り添い、生きることを面白くするものなのですよね。その点で、芸術と社会のつながりは深い。同じく、芸術と科学も密接な関係にありますね。

伊東:15世紀に確立した芸術理論は科学精神に基づいています。もともとギリシャ時代の科学精神を復興させようとして文芸復興が起こり、人間も含めたすべての未知なるものを解き明かすことが芸術の使命と考えられていました。科学には科学の使命があり、科学の成果でより幸せに生きるために人間の生理を解明しなければならない。それがいつの間にか、アカデミック側は技術を教えることが中心となり、当初の目的を忘れてしまった。科学のための科学、芸術のための芸術ではいけないのです。元来の目的を再生することが必要です。どうすれば赤ちゃんを感動させることができるのか、どのように赤ちゃんは感動するのか、その赤ちゃんの生理を解明する母学に芸術は寄与できるはずです。その時にも芸術に科学的要素が求められます。お母さんたちにきちんと赤ちゃんのことを学んでほしい。それを実現することも芸術の一つだと考えています。特に3歳くらいまでは人間に形成される境目のところに赤ちゃんが生きていて、そこでの育て方が重要です。感性を育てる上でも芸術が役に立ちますし、芸術は創造的で本質的な社会のイノベーションの源泉になりうるものです。

小川:母学以外に、芸術と科学の一体化を体現している取り組みはありますか。

伊東:社会連携センターで設立したアート・アンド・テクノロジーラボで法隆寺の釈迦三尊像の科学的分析による精密鋳造モデルづくりを、3Dプリンターを用いて行っています。芸術は何かと結びついて、その技術も含めて広めることに意義があります。それこそが藝大が目指さなければいけないことです。芸術が芸術の中に閉じこもって芸術を主張していても駄目で、人間や社会に貢献しなければなりません。コンセプトやフィロソフィーがどのように伝わるかも重要です。

小川:釈迦三尊像の精密鋳造モデルづくりも、その考えがよく現れているプロジェクトですね。

伊東:それと同時に、地方に伝統芸術が成立していることを忘れられていることを危惧しています。釈迦三尊像は625年につくられましたが、今回ラボで開発したデジタルプログラムと高岡で受け継がれた鋳物技術によってそれと同一に近いものを再現しようとしており、本来あるべきものが欠けているところの補完まで試みています。日本の鋳物の仏像の原点であり、文化的公共事業の理想的モデルでもあります。それを再現することは大変意義深く、開眼した当時の世界最先端音楽である雅楽も私たちのスタッフと地元で継承するメンバーと新たな曲作りと構造の革新を行い演奏するところにまでこだわっています。

小川:科学的アプローチで芸術の表現力が拡張していきます。まさにその一例ですね。あらためて、芸術は科学と密接な関係にあることを感じさせられます。